更谷源
修復の美学
Discover a Traditional Method as Contemporary Art
更谷源に会ったのは2年位前だったか、ジュエラーの新倉憲明氏を誘って彼を尋ねたのが最初だった。新倉氏がNew YorkのSoFaショーで見た漆作品の話を始めると、”あぁ、きっとそれは僕の父です”と言った。
ウイーン生まれの源は漆作家の更谷富造の息子で、ヨーロッパ、日本、アメリカと移り住む中で成長した。京都の伝統工芸学校を卒業して、北海道の大学を出た後に京都に戻り、蒔絵師に弟子入り後に独立、父親と同じ漆作家、修復師という道を選んだ。
しかし、日本の伝統工芸の世界は必ずしも彼に好意的ではなかったようで、2012年、新天地を求めNew Yorkにやって来た。
New Yorkには数多くの修復の必要なものが潜在的にあるだろうということは分かっていても、どのように自分を知らしめ、注文を取るかが難しいところである。
美術館などで多く見られる修復された美術品、どれも素晴らしい技術で修復されている。
メトロポリタン美術館の修復師だった阿部光博先生にうかがった話では、修復とは決して出過ぎず、その美術品の価値を損なわずにいなければならないということ。これはあくまで美術館の話。
源の修復は私の想像を超えていた。
技術も去ることながら、そのセンスがずば抜けているのである。 例えば欠けた陶器などの修復の際に見せる絶妙な遊び心、大抵の人は壊れる前よりも好きに
なったと言い、喜んで持ち帰る。壊れたものは決して元には戻らないが、源の修復はそれを超えて、あたかもオリジナルを作った作家とのコラボレーションをし
ているようにも感じられる。大切なものを壊してしまった持ち主が、そのものに以前よりも増して愛情を持てるまでにしてしまう。
”日本で修復依頼を受けると細部まで細かく注文される事が多いですね。New Yorkでは、あまり細かいことは言われません。”
源はそういう。
江戸の頃に若旦那(わかだんな)が根付(ねつけ)を職人に注文する際に好きな詩を伝えるだけで、後はどんな物が出来上がるか楽しみに待っているというような粋(いき)な遊びをすることがあったという。
なんと楽しい事であろう。
うっかり大切なものを壊してしまったというような悪い出来事も源の魔法で良い事に変わってしまうのだ。
あなたも何処かにそんなものを仕舞い忘れてはいまいか?
源の魔法にかけてみてはいかがだろう。